埠頭の様子

「わたくしどもとしましては、この工場の中をお見せること自体、本当は、かなりのリスクを抱えることになります。しかし、ぜひ、みなさんに世界で初めての技術を実際に理解・認識してもらい、“CIS薄膜系太陽電池”の良さを知っていただこうということで、見学していただいておりますこと、どうかご理解ください」

 思い起こせば、いままでの工場取材でも、これほどまでに内部を公開してもらった経験はなかった。こんな「最新技術のオンパレード」の生産ラインを間近で見て回れること自体、画期的だった。

 それでも、記者として頭に浮かんだ質問はすべきだと考え、一応、口に出してみた。 「あの層の厚みはどれくらいなんですか?」

確かに、CISのSだけが、まだコーティングされていなかった。

 「先ほどのは、単に粉を固めただけの状態でしたけれども、この装置のなかでセレンと一緒になり、CISという合金になるわけです」

 C(銅)やI(インジウム)、それにガリウムとは違い、S(セレン)は、他の3つと一緒に合金となる段階で投入されるわけだ。

 「ここはノウハウの固まりで、立ち入り禁止となっています。しかし、今回だけは特別に」

 そうか、この「すごい光景」は、門外不出なのだ。 「あの装置の中を直接見ることはできません。安全性に問題はありませんが、特殊ガスを使用しているため、万が一のことも配慮して、立ち止まらず通過します」

 我々は、ゆっくりとした歩調に合わせるかのように首をめぐらしながら、できるだけ長い間、食い入るように、そそり立つ装置を観察していた。

日産追浜工場を訪れたのは、8月半ばの日曜日だ。工場見学は通常、稼働日である平日限定なのだが、この夏は節電対応で木金に休む代わりに、土日が稼働日に。このため週末も見学可能となった。夏休みかつ週末とあって、15人の定員枠は一杯。今回は取材ということで、無理なお願いをして、1人追加してもらった(10月以降は通常通り土日が休みになる予定)。

 工場は、最寄りの京浜急行本線追浜駅から徒歩20分と、アクセスがいいとは言えない。そこで今回はクルマで行くことにした。さすが自動車メーカーだけあって、きちんと駐車場が用意されている。集合時間の15分ほど前に到着すると、駐車場にはすでに多くの見学者のマイカーが停まっていた。日産の工場なのにもかかわらず、多かったのは海外メーカーのクルマ。恐らく、クルマ好きが多く集まっているに違いない。

 ゲストホールから専用のバスに乗り込んで、まず完成車を出荷する専用埠頭へ向かう。埠頭までは、一旦敷地外へ出て一般の道路を使って移動する。周辺には追浜工場へ部品を納入するサプライヤー(下請けメーカー)の工場が点在。日産はクルマを受注した後に部品を手配する「同期生産」というシステムを取り入れており、クルマの組み立てを始める4日前にサプライヤーへ生産の指示が送られ、4時間に1回のペースで部品が納入される仕組みという。

 5分ほどで埠頭に到着。ここ追浜や栃木など関東地方の工場で生産されたクルマが整然と並べられている。この日は北海道や九州など国内の遠隔地へ向かう内航船しか接岸していなかったが、欧米へ向かう外航船が接岸することもあるという。ちなみに内航船は800台、外航船は5000台を積むことができるそうだ。また、逆にここに陸揚げされるクルマもある。日産と資本関係のある仏ルノーのクルマだ。追浜工場内に整備の施設があり、フランスから運ばれたクルマはここで検査、日本向け仕様への整備を受け、販売店へ届けられる。実際に、ルノーのワゴン車「カングー」などを見ることができた。

 15分ほどバスの車内から埠頭の様子を見たあと、今度は工場の敷地内を走ってゲストホールへ戻る。バスを降りて、いよいよ見学のメインである工場見学のスタートだ。見られるのは、「ノート」「キューブ」「ジューク」そして「リーフ」を生産している第1工場の組み立てラインだ。1日に約1200台が生産されている。ラインの長さは延べ660m、1台のクルマが完成するまでの所要時間は約16時間という。工場へは歩いて移動。ゲストホール脇の階段を上り、渡り廊下を渡って工場内に入る。工場建屋に入ってもしばらくは通路の左右に目隠しのような壁があり、中の様子をうかがい知ることはできない。しかし、機械の音が漏れ聞こえてきて、期待に胸が高まった。